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プレゼント 書評こぼれ話

  この三連休で、
  届いた年賀状の整理や元旦の新聞を
  ゆっくりと読んでいたりしたのですが、
  やはり新聞がちがえば、元旦の出版社の広告もちがうのだな、と
  やっぱり、というか、そうなんだ、という感じです。
  大阪の実家では読売新聞、埼玉の我が家は朝日新聞。
  大阪では目にできなかったのが新潮社の広告。
  あらためて、書いておくと、

    物語をお届けします。

  これ、いいな。
  なんだか最近は物語の魅力を忘れているような気がしています。
  答えや意見ばかりを欲しがっていませんか。
  答えは読者自身が見つけだせればいいのです。
  そのようなことを、どこかに置き忘れていませんか。
  私もそうです。
  だから、今年はもっと物語を読みたいと思っています。
  今回紹介する吉田 篤弘さんの『つむじ風食堂の夜』ですが、
  これはいい物語です。
  心がほほほと温かくなる。
  ずっと気になって、ずっと読みたかった一冊ですが、
  素晴らしいお年玉を今更もらったみたいに、
  うれしくなりました。

  じゃあ、読もう。
  
つむじ風食堂の夜 (ちくま文庫)つむじ風食堂の夜 (ちくま文庫)
(2005/11)
吉田 篤弘

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sai.wingpen  つむじ風にひきよせられて              矢印 bk1書評ページへ

 ああ、懐かしいな。それは実際に目にした町でもないのに、出会った人たちでもないのに、記憶というような脳のありようではなく、心の奥隅で、この物語に描かれる町も人たちも懐かしくあった。
 ここにあるのは、過ぎてきた時代が冷たく切り捨ててきたものたちかもしれない。

 「月舟町」の十字路の角にぽつんとある<つむじ風食堂>。正式名称ではない。ただ十字路には「東西南北あちらこちらから風が吹きつの」り、それがつむじ風となっていたから、みんながそう呼んだ。
 東西南北から吹く寄せられるのは風だけではない。主人公の人工降雨の研究をしている「雨降り先生」も、古本屋の「デ・ニーロの親方」も、風変わりな帽子屋さんも、主役になれない舞台俳優の奈々津さんも、みんな風のように吹き寄せられて、この物語の町に住んでいる。
 そればかりではない。主人公の思い出もまた、つむじ風のようにしてくるくる回りながら、主人公の心にひきよせられている。

 きっとこんな町はどこにもないだろう。「雨降り先生」たちも存在はしない。
 しかし、どうしてそんなことが言い切れるだろうか。さいわいなことに、読者はもうわかってしまったのだ。何もないものが、きちんとできあがって、しっかりと記憶となり、いつかまた、懐かしくて戻ってくるということがありうることに。
 そして、捨ててしまったものの大事さに。
 やがて、風がまたひとつ思い出を遠くに吹き飛ばしたとしても、それはきっと、つむじ風とともにまたやってくるにちがいない。
  
(2010/01/12 投稿)

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