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プレゼント 書評こぼれ話

  画家で絵本作家でもあった
  安野光雅さんが
  昨年(2020年)12月24日に亡くなっていたことが
  先日の16日に報じられました。
  享年94歳。
  安野光雅さんは
  司馬遼太郎さんの『街道をゆく』の挿絵といった大人向けのものから
  『旅の絵本』シリーズなどの子ども向けまで
  幅広い活動をされていました。
  絵を通じて
  美智子上皇后と交流があったことも
  知られています。
  私も安野光雅さんの本はいくつも読んでいて
  今日はその中から追悼の気持ちで
  2014年6月に読んだ
  『絵のある自伝』を
  再録書評で載せます。

  安野光雅さん
  ありがとうございました。

  ご冥福をお祈りします。

  

sai.wingpen  追悼・安野光雅さん ー 神話のような世界                   

 司馬遼太郎さんの『街道をゆく』の挿絵を担当した画家は3人いる。
 連載開始時の1971年から亡くなる1990年まで描き続けた須田剋太、その後を継いだのは桑野博利だったが、1年後の1991年から安野光雅に代わる。
 須田の荒々しいが骨太い絵になじんできたものにとって、精緻にして繊細な安野の画風はいささかもの足りなさを感じていたのが、私個人の、正直な感想だ。
 けれど、司馬さんとの相性がよかったのだろう、安野は司馬さんが急逝する1996年までいいコンビを組み続けた。
 本書は2011年2月に日本経済新聞の人気コラム「私の履歴書」をベースに加筆されたものだが、その中で「司馬さんと街道をゆく」という章があって、人間司馬遼太郎の魅力と死後安野の譲られた靴のことが書かれているが、「街道をゆく」の挿絵を担当する経緯を、安野は語ることはない。

 もちろん「私の履歴書」という名物記事だが、安野の筆は実に自由自在だ。
 文章に一貫性がない。気がつけば、まったく異なった世界を歩いている感じになる。
 これ安野の本職である絵画の世界でもそうであって、時に安野は自ら楽しみながら「だまし絵」に挑戦している。
 そういう癖を安野は持っているのかどうかわからないが、文章でも読むものを混乱させる。それでいて読み難いということはない。
 これは安野光雅という画家の個性であり、特性のようなものだろう。
 起承転結の文章の在り方だけが正しいわけではない。
 読者の心にどう響くかが大切で、安野はそのことを絵画でも文章でも実践しているのではないだろうか。

 安野自身による半生記の特長はといえば、個人名が頻繁に出てくることだ。
 読者にとって、安野がいかに個人名を出そうが、その彼がどういう人物であったなどわかる訳はない。
 安野がそういうことに全く気づかなかったなどとは考えにくい。
 「過ぎたことはみんな、神話のような世界だ」と書く安野にとって、名前を与えられた者たちは神話に登場する神々に匹敵するのではないかしらん。

 安野がその時々の文章に挿絵をそえる。
 それは絵にしかできない表現方法だろう。
 画家として、文章だけでなく絵でもその時代時代を表現できる安野光雅さんはさすがという他ない。 ○○本文
  
(2014/06/26 投稿)

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