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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  金智英さんの
  『隣の国のことばですもの - 茨木のり子と韓国』という
  詩人茨木のり子論を
  紹介します。
  タイトルになっている
  「隣の国のことばですもの」は
  ハングルの勉強を始めた茨木のり子
  その動機を聞かれて困ってしまい、
  考えついたのが
  この「隣の国のことばですもの」だったという。
  茨木のり子という詩人の生涯をたどると
  愛する夫の死をはさんで
  ハングルを学んでいく姿もまた
  茨木のり子という女性らしい
  生き方だと思っていたので
  この本は興味深く読みました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  韓国でも読まれる茨木のり子                   

 本書は韓国の若い女性によって書かれた、詩人茨木のり子論である。
 著者の金さんが立教大学大学院文学研究科に提出した博士論文「茨木のり子における韓国」をベースに書かれたとあるし、本書の副題にも「茨木のり子と韓国」とある。
 確かに茨木のり子と韓国のことが核にはなっているが、アプローチとしては茨木が戦後同人誌「櫂」の主要なメンバーとして詩人として立つところから順に進めていくことで、茨木のり子の詩や言葉に対する考え方などの理解がとてもわかりやすい。
 詩人論であることは間違いないが、その平明な語り口は茨木のり子の入門書としても立派に通用する。

 茨木のり子がハングルを学び始めたのは50歳の時。夫と死別したあとのことだ。
 もしかしたら、夫を亡くした哀しみを癒すためにハングルをしゃにむに勉強したと自身語ったこともある。
 しかし、著者は茨木の韓国への関心は以前からあって、「それまで必ずしも意識的な対象ではなかった韓国を、夫の死から得た自由により、自分の意思で具現化した」とみている。
 「夫の死から得た自由」こそ、哀しみから解き放たれる思いだったと思う。

 茨木はそのようにしてハングルを学び、やがて韓国の詩人たちの作品を翻訳するまでとなる。
 本書では茨木の翻訳がどのようなものであったかという点も明らかにしている。
 それは「日本語の語感」を大切にした詩人ならではのものだったということ。
 そして最後には現代の韓国において、茨木のり子の詩がどのように読まれているかも説いていて、目配りが利いた論になっている。
  
(2021/03/04 投稿)

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