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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日
  坪内祐三さんの
  『一九七二 「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」』という
  本を紹介しましたが、
  その最後あたりに
  雑誌「ぴあ」の話が出てきます。
  そうあの「ぴあ」の創刊もまた1972年だったのです。
  私が「ぴあ」を知ることになるのは
  それから一年ぐらいしてから、
  東京の大学生になってからですから
  やはり坪内祐三さんは
  年下でありながら
  同世代の人という印象があります。
  今日は坪内祐三さんの
  『私の体を通り過ぎていった雑誌たち』という本を
  再録書評で紹介します。
  2005年に書いたものですが
  その頃から
  坪内祐三さんに共感するところが
  あったようです。

  じゃあ、読もう。  

  

sai.wingpen  同じ時代の空気をまとって                   

 「同時代」という言葉は今でも使われているのだろうか。
 この大仰な言い方は、それでも時代の気分というものがあり、それを口にするだけでいくつかの時代の謎が解けていったような気がする。
 一九五八年生まれの坪内祐三は一九五五年生まれの私にとってまさに「同時代」の著作家であり、坪内の作品に書かれた内容以上に共鳴するのは、この「同時代」という言葉がもっている雰囲気によく似ている。

 坪内はこの本のことをこう書いている。
 「私が出会い、何らかの影響を受けた、あるいはその時代を象徴していた雑誌について、私の個人的体験を描きながら、一つの時代の精神史(とは少し大げさであるが)を書き残そうと思った」。
 坪内と「同時代」を過ごした者として、個人的な体験は大きく違うものの(坪内は東京の街の子であるが、私は大阪の郊外の小都市の子供であった)、この本の中で彼が紹介する雑誌の多くが懐かしく、これこそが「同時代」を生きた者だけが共感しうる思いだと、この本を読みながら何度ほくそえんだことだろう。

 坪内が中学時代に出会ったという映画雑誌『スクリーン』。この本の中の図版として紹介されている『スクリーン』の表紙はキャンデス・バーゲンである。
 それがいつの号かはわからないが、この表紙には見覚えがあった。
 当時坪内同様、映画に夢中になりかけた私もまた、彼女が表紙の『スクリーン』を買ったのは間違いない。そして、坪内と同じようにこの『スクリーン』に掲載されていた双葉十三郎や淀川長治の連載記事に夢中になっていたのも事実だ。

 坪内のこの本の魅力は、例えば子供の頃に使っていた机のひきだしからメンコとかおまけのシールとかを見つけた時の思い、だろう。
 ひきだしには子供の頃の宝ものがいっぱいつまっている。
 今では何の役にも立たないけれど、その一つひとつがあの頃の自分を思い出してくれる。
 思い出は、ほろ苦く、甘酸っぱい。
 それこそが「同時代」的な感傷かもしれないが、どうしようもなく惹かれてしまう。
 坪内は書き留めた雑誌たちは、確かに一つの時代の精神史を彩ったものだったに違いない。
  
(2005/05/24 投稿)

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