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プレゼント 書評こぼれ話

  J.D.サリンジャー氏が亡くなった。
  びっくりしたのは、その氏のニュースだけでなく、
  1月29日の新聞夕刊の一面に、
  それが大々的に報じられたことです。
  日本人の作家でも、
  なかなかこんな扱いはないですよ。
  それが、アメリカの作家で、
  しかも有名な作品としてはほとんど
  『ライ麦畑でつかまえて』一作だけで
  この扱いですから、
  おそらく新聞社の多くの記者の皆さんも
  若い時には影響されたんでしょうね。
  今日は、そんなサリンジャーさんを追悼して、
  村上春樹さんの翻訳で話題となった、
  『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の蔵出し書評です。
  さよなら、サリンジャーさん。

  じゃあ、読もう。
  
キャッチャー・イン・ザ・ライキャッチャー・イン・ザ・ライ
(2003/04/11)
J.D.サリンジャー

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sai.wingpen  ライ麦畑でつかまえられて              矢印 bk1書評ページへ

 私が初めて「ライ麦畑」(ここでは野崎孝氏の『ライ麦畑でつかまえて』と村上春樹氏の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の両訳に敬意を込めて、こう表記する)を読んだのはいくつの時だったろうか。大学の授業も学生寮の生活も面白くなく、それでいて何をするでもない日々の中で、ポール・ニザンの「ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどと、だれにも言わせない」(『アデン・アラビア』)という文章に酔いしれていた、二十歳前だったように思う。生意気にも私は原書で「ライ麦畑」を読み始めたのだ。私の英語の実力からいって、読了できたはずもない。それなのに、今回村上春樹氏の訳による「ライ麦畑」を読んで、主人公のホールデンがこの本の書名となる話を妹のフィービーにする終わり近い場面をよく覚えているのはどうしてだろうか。野崎孝氏の翻訳本を読みながらのことだったのかもしれない。なにしろ、三十年も前の、昔の話だ。主人公は永遠に十六歳だが、私はもう四八歳だ。記憶も薄れていく。

 当時の私は主人公のホールデン・コールフィールドのことをどう思っていたのだろう。少なくとも四八歳の私は、嘘つきで、強がりで、それでいて臆病な主人公を最後まで好きになれなかった。もし、こんな少年がいたら、この物語に出てくる多くの大人たちのように、叱りつけたり、あきれたり、見捨てたりしそうな気がする。そして、そういう感じ方は三十年前の私自身を裏切っているような気がしないでもない。あの当時大人たちは何もわかってくれないと地団太踏んでいたのは、この私自身なのだから。だから、当時の私はこの本の書名となった主人公の話を記憶にとどめたにちがいない。

 「誰かその崖から落ちそうになる子どもがいると、かたっぱしからつかまえるんだよ。…ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ」(村上春樹訳・287頁)

 当時の私は崖から落ちそうな若者だった。自分の居場所がわからずにただうろうろしていた。どこへ行っていいのかもわからなかった。そんな私をつかまえてくれたのが、この「ライ麦畑」であったはずだ。そのように二十歳前の私は「ライ麦畑」を読んだはずなのに、今の私は主人公がもっとも毛嫌いした大人になってしまっている。今の私こそが、本当の「ライ麦畑のキャッチャー」になるべきなのに、である。今回四十年ぶりに「ライ麦畑」が新しく訳し直された。訳者が村上春樹氏ということで多くの若者たちが新しい「ライ麦畑」を読むにちがいない。でも、本当に読むべきなのは、かつて「ライ麦畑」でつかまえられた多くの人たちなのかもしれない。

 あなたは「ライ麦畑のキャッチャー」になれましたか。
  
(203/05/14 投稿)

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