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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日は夏至だったので
  今日は一日遅れで
  夏至の本を再録書評で紹介します。
  正木ゆう子さんの
  『夏至 - 正木ゆう子句集』です。
  2009年9月に書いた書評ですから
  もう10年以上前のものです。
 
    地下鉄にかすかな峠ありて夏至      正木 ゆう子

  これも正木ゆう子さんの句ですが
  この句にある「峠」のイメージがよく効いています。
  昨日が一年で一番長い昼だとすれば
  今日はもう昼の時間は少し短くなっているということになります。
  車輪がコトリと
  峠を下り始めた。
  今日はそんなイメージの日です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  めぐりくるもの                   

 本書は、俳人正木ゆう子の、平成十四年なかばから平成二十年までに発表された作品のなかから約二百五十句を収めた、第四句集である。
 一年でもっとも長く陽がふりそそぐ「夏至」が、そしてそれは彼女の生まれし日でもあるのだが、書名になっているのは、著者の「太陽を中心に捉えたい」という思いである。
 正木は「あとがき」に「この繊細な季節の変化が、太陽に対する地軸の傾きというただ一つの理由によって生じていることに気づいてから、私は以前にも増して太陽に畏れと親しみを抱くようになった」と書いているが、それだけではなく俳壇における彼女の位置や彼女の心意気が「太陽」というエネルギーを近しいものにしているのではないかと思う。
 それほどに、近年の正木ゆう子の活躍はめざましい。

 この句集はいくつかの章立てでまとめられているが、冒頭の「噴煙に日面のある大暑かな」と最後の「公転に遅れじと春の大気かな」という二つの熊本阿蘇を詠んだ句は、大いなる太陽の循環でつながっている。
 そう考えれば、どういう章立てであれ、それらは所詮、太陽という光の中心で廻りつづける瑣末な日常でしかない。
 逆をいえば、四季という変化に多くをゆだねながら、そういう瑣末な日常を詠む俳句は、まことに大いなる自然と人事を表現しうる、文芸だともいえる。

 人事と書いた。それは、義父の死を詠んだ「昴」の連句によく表れている。
 「骨拾ふ冬三日月の弧を思ひ」
 「老いも死も父先んじて母に夏」
 それらは単に身内の死を越えて、生と死をひとつの円環のようにして詠みきっている。そして、そういう円環の中心に、誰も侵せない、幾重にもなる四季の重なりがある。

 佐世保の鷹の渡りを詠んだ「鷹渡る」、オーロラの秀句を収める「極光」、「皿持つて河童のきもち半夏生」といった愉快な句の冴える「湖畔」(「」内はいずれも章のタイトル)など、これは正木ゆう子のひとつの成果だろう。
 なお、本句集の装丁は、彼女の夫笠原正孝氏の手によるものである。
  
(2009/09/23 投稿)

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