04/15/2010 追悼・井上ひさし その三 - 手鎖心中:書評

作家、劇作家であった井上ひさしさんの
座右の銘はこうであったそうです。
難しいことをやさしく、
やさしいことを深く、
深いことを愉快に、
愉快なことをまじめに
まるで井上作品を集約したような言葉です。
ここ何日間か井上ひさしさんの作品を
集中的に読んできました。
今日は直木賞を受賞した『手鎖心中』ですが、
井上ひさし文学の原点のようなものを
感じます。
笑いは生きていくうえにおいて
大事な要素だと思います。
そのことを井上ひさしさんは徹底的に
書いてきたのだと思います。
亡くなったことを契機にすることは
不謹慎かもしれませんが、
この機会にあらためて
井上ひさしさんの文学に
ふれてみるのもいいのではないでしょうか。
じゃあ、読もう。
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井上ひさしさんは、この『手鎖心中』で第67回直木賞(1972年)を受賞した。38歳の時である。
すでにテレビの脚本や戯曲で売れっ子であった井上さんだが、江戸の戯作者の姿をコミカルに、しかもシニカルに描いたこの作品は、井上さん自身の将来へのの決意表明のような作品とも読める。
主人公は材木問屋の若旦那栄次郎。彼は「人を笑わせたり、人に笑われたりする」のが何よりも好きで、それが高じて絵草紙作家になりたいと願っている。そのために自ら勘当は願い出たり、お上のお咎めの手鎖の刑を受けるように仕向けたりと、まことに馬鹿馬鹿しいかぎりである。最後には吉原の遊女との心中まで図ってしまう。
そんな物語のなかに井上さんは「笑い」の本質を見とどけようとしている。
たとえば、栄次郎の仲間が「戯作」について、「心が、正と負、本気と茶気、しかめっ面と笑い顔の間を往来する-、そこから、いや、そこからだけ、戯作の味わいみたいなものが湧いてくるんじゃないか」と語っている。
ただのくすぐりではなく、二物がぶつかって初めて人の心がほぐれる「笑い」が生まれる。これは、おそらく井上さんの「笑い」に対する考え方だろう。
そして、それは終生変わらなかったのではないだろうか。
ただ、この作品がそんな「笑い」への問いかけであったとして、戯曲であれ小説で作品を描くつづけるうちに、もっと深い「笑い」に深化していった。
戦争であれ原爆であれ平和であれ、深刻なテーマを描きつつ、「笑い」はそれらを真面目に考えるための武器となっていった。
この物語の終盤で、井上さんはこんな風に書いている。
「世人の慰みものに命を張ってみよう。(中略)茶気が本気に勝てる道をさがしてやる」。
これこそ、井上さんの作家としての決意であったにちがいない。井上さんはそのことをずっと追いかけてきた。
小説にしろ戯曲にしろ、何を難しく語ることがあろう。所詮は「世人の慰みもの」ではないか。しかし、たとえそうであったとしても、いやだからこそ、世人がわかる言葉でほんとうのことを語りたい。
井上ひさしさんの文学はそうであったのだと思う。
(2010/04/15 投稿)

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レビュープラス
夏の雨 様
先日、井上ひさしさんの死去を追悼するテレビ番組で、女性司会者が『手鎖心中』を「てさぐり心中」と読み間違えました。ウケ狙いとは思えませんが、もし、井上さんが存命ならば、「その読み方はおもしろい」と早速に、続編として書かれるのではと思ってしまいました。
「ひょっこりひょうたん島」の放送を楽しみにしていた年代だけに、また一つ、昭和が遠く感じます。
先日、井上ひさしさんの死去を追悼するテレビ番組で、女性司会者が『手鎖心中』を「てさぐり心中」と読み間違えました。ウケ狙いとは思えませんが、もし、井上さんが存命ならば、「その読み方はおもしろい」と早速に、続編として書かれるのではと思ってしまいました。
「ひょっこりひょうたん島」の放送を楽しみにしていた年代だけに、また一つ、昭和が遠く感じます。
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