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 先週の土曜日、
 昭和18年に公開された阪東妻三郎主演の「無法松の一生」(稲垣浩監督)を紹介しました。
 その記事の中で、ヒロインの吉岡夫人を演じた園井恵子さんが
 昭和20年8月6日、広島で原爆に被ばくしたことを書きましたが、
 その時彼女が所属していた移動劇団「さくら隊」のことを描いた映画を見つけました。
 今日はその映画「さくら隊散る」の話です。

  

 映画「さくら隊散る」は1988年に公開された
 新藤兼人監督のドキュメンタリー映画です。
 移動劇団「さくら(桜)隊」というのは日本が軍国化していく中で
 俳優たちがその活動の場を制限され、
 それでも劇をしたいという熱意が移動劇団となり
 全国各地を巡業していた、そのうちのひとつです。
 リーダー格は丸山定夫さんで、園井恵子さんも劇団に所属していました。
 「さくら隊」はこの頃、広島市内の福屋ビルの近くで生活をしていて、
 原爆が投下された8月6日の朝、9人の役者たちがそこで犠牲となりました。

 新藤兼人監督はこの映画で
 彼らのことを知る多くの演劇人、小沢栄太郎さんや滝沢修さん、
 あるいは「無法松の一生」で園井さんが演じた夫人の息子役を演じた
 長門裕之さんなどへのインタビューを行っています。
 そのようにして、犠牲となった人たちの輪郭を描きつつ、
 被ばく後彼らがどのように亡くなっていったかを
 再現ドラマで描いていきます。

 大きな怪我をして、それでも他の移動劇団のいる宮島で看護される丸山定男さん。
 しかし、やがて原爆症を発症し、狂ったように死んでいった彼は
 宮島での埋葬ができず、小舟で本土にわたっていくしかありませんでした。
 海に浮かぶ厳島神社の鳥居のそばをゆっくりと行く小舟。
 なんとも切ない光景です。
 一方、園井恵子さんも怪我をしながらも満員の列車で
 青春時代を過ごした宝塚の恩人の家に身を寄せます。
 しかし、彼女もまた原爆症を発症し、髪が抜け落ち、
 身もだえながら、死んでいくのです。
 8月21日のことだった。まだ32歳の若さでした。

 先日広島に行ってきました。

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 初めての広島で、広島平和記念資料館にも行くことができました。
 そこにあるもの、ひとつひとつが胸に迫ってくるものがあり、
 犠牲となった人たちの、まだ生きていたかったという思いが
 あふれてきそうに感じました。
 園井恵子さんはじめ、「さくら隊」の隊員たちも
 もっとたくさん芝居をしたかったでしょう。

 この映画に出ている俳優たちもすでに多くの人が亡くなっていますが、
 原爆の悲劇だけは忘れてはならない。
 この映画はそんな一本です。

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