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01/25/2009    書評:それから
プレゼント 書評こぼれ話

  今日(1.25)、「朝日新聞」が創刊130周年を迎えたという。
  おめでたきかな。
  1879年(明治12年)、大阪で生まれました。。
  今日紹介する漱石の『それから』も、明治42年に「朝日新聞」に
  掲載された新聞小説です。
  新聞小説という文化が日本で始まったのは、
  明治19年の「読売新聞」での「鍛鉄場の主人」という作品だったらしいのですが、
  どうも諸説色々あるようです。
  漱石が教職を辞めて朝日新聞に移ったのは有名な話ですが、
  漱石の新聞小説の第一号が『虞美人草』(明治40年)。
  当時「朝日新聞」はまだ若々しい新聞だったでしょうね。
  だから、教師を辞めて新聞社に入るということが世間の驚きでもあったそうです。
  漱石はこんなことを書いています。
    大学を辞して朝日新聞に這入つたら逢ふ人が皆驚いた顔をして居る。
    中には何故だと聞くものがある。大決断だと褒めるものがある。
    大学をやめて新聞屋になる事が左程に不思議な現象とは思はなかつた。

  おめでたき日ですから、
  今日の『それから』は、1994年に書いた書評と、去年(2008年)に書いた書評を
  ダブルで掲載しました。
  成長してればいいのですが。
  はたして。

それから (岩波文庫)それから (岩波文庫)
(1989/11)
夏目 漱石

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sai.wingpen  詩のために       

 一九〇九年(明治四二年)の夏から秋にかけて書かれたこの小説は、先の『三四郎』の続編という位置づけになっていて、次の『門』と合わせて三部作とされている。
 漱石の作品群の中でも、一級品に属する作品だし、そのテーマといい決して古い印象はなく、現在的ですらある。
 まさに文学作品とは、こういう作品をいうのであろう。
 主人公の長井代助は三十になるが、職業に就こうとせず、親の仕送りで女中と書生をおいて一軒家に暮らすという、優雅な生活をおくっている。
 そんな彼が親の勧める縁談を尽く断っているのは、友人平岡の妻美千代のことが忘れられないからだ。そのことに気がついたのは、平岡が東京に戻ってきてからだ。
 今風にいえば、不倫だろう。
 そして、最後には親からの勘当、友人との絶縁を覚悟しながらも、美千代との愛を貫く。
 ざっと書けば、そんな物語だが、この小説には漱石の得意とする劇的な場面がうまく描かれている。
 それは、代助の部屋に美千代が訪ねてきて、花器にはいった水を飲んでしまう場面だ。
 これには、書いた漱石も照れたのか、続く文でこう書いている。
 「果たして詩のために鉢の水を飲んだのか」

 そもそも漱石は、そういう詩的な場面を書くのが好きな作家だったように思う。
 例えば『道草』の主人公とヒロインの入浴シーンや『三四郎』での美禰子と初めて出会う場面などは、ひょっとしたら筆の走り過ぎかとも思えてしまう。
 あまりにも赤面してしまう場面だ。
 こういう書き過ぎは、作家にとって致命的な欠陥だと思うが、漱石がすこぶる現代的なのは、こういう場面があるからかもしれない。
  
(1994/03/15)



sai.wingpen  茫乎と                     矢印 bk1書評ページへ

  戯れに傍らの白い紙に悪戯書きをしてみる。天の余白に<『それから』相関図>と大書する。左側に両矢印の線を引き、上に「富」、下に「貧」と書く。今度は下部に同じように両矢印の線をひき、左側には「貴」といれ右側は「俗」とする。左側は「意思」としてもいいかもしれない。そうすれば右は「行動」だろうか。次に左側上部の空白に点をいれる。やや大きくいれてもいい。物語の主人公なのだから。点の近くに<代助>と書けば分かりやすい。その点と極になるところ、すなわち右側下部に別の点をいれる。ここにも<平岡>と代助の友人の名をいれてみる。つまり点<平岡>は、貧であり俗に片寄ったところにある。<平岡>の妻三千代の点は、先につけた二つの点を結ぶ真ん中あたりが落着きいいかもしれない。貧しさということでは点<平岡>と同じ高さでもよい。
 夏目漱石の『それから』の登場人物を図にしているばかりだ。代助の父や兄はもちろん上流生活を営んで豊かであるから上部でいいが、俗ということでは右側にある。ただ点<平岡>を越えることはない。嫂梅子は代助に言わせれば俗なのだが、私的には三千代と上下の対極する箇所に点をうちたいところだ。この物語の概ねの登場人物の点がこれではいったことになる。代助と三千代を除く点をひとつの囲いにして<世間>と書いてみた。<社会>とでもいい。あるいは、代助の言い草のように<敵>としてもいい。代助と三千代の点が淋しそうだから二つの点を線で結ぶ。線の上に<愛>と書く。あるいは<追放>と書いてみるか。
 それから、点<代助>を中心にしてぐるぐる渦を書いてみた。その際には「ああ動く。世の中が動く」と、物語の最後の代助の言葉を唱えてもよかろう。先に代助と三千代の間に引いた<愛>の線がゆがんでみえる。代助が行った行為が<世間>という枠組みからみればいかに馬鹿げたことであるか、どのように代助が釈明しようと、渦は強くつよくひく。やがてその渦が<世間>の囲いの中にはいってしまうまで。代助は「ただ職業のために汚されない内容の多い時間を有する、上等人種と自分を考えている」「遊民」ではあるが、実際には愛する三千代ひとりさえ(もちろん友人の妻であるという障害があったとしても)仕合せにできない存在なのだ。兄がそんな代助を「不断は人並み以上に減らず口を敲くくせに、いざという場合には、まるで唖のように黙っている」と罵倒するが、そこにはなんら論理的矛盾はない。<世間>は正しい。しかし、という気持ちは誰にでもある。そのしかしは、三千代との間を結ぶ線があるからだ。斯様に<愛>の感情ほど強いものはない。
 漱石の『それから』はただ恋愛小説としてだけ読むのは勿体ない。登場人物たちの、それぞれの位置関係を描いてみればより深い人間ドラマが見えてくる。代助の書生の門野の点はどこにうつか。友人として点景されている寺尾、この人物は結構面白い人物である、はどうか。そうして、代助の渦が白い紙を黝々と塗りつぶした頃、ただ茫乎(ぼんやり)と、はてさて自分の点はどこに打つべきかと思うばかりである。
  
(2008/09/05 投稿)

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