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プレゼント 書評こぼれ話

  もう一日、和田誠さんつながりします。
  今回は、和田誠さんが
  村上春樹さんの『全作品1990~2000』の
  装丁をされているので
  蔵出し書評ですが紹介しておきます。
  村上春樹さんの全作品集は
  1期と2期出版されています。
  そのどれもが
  和田誠さんの装丁です。
  特に、1期の切手をあしらった装丁は
  和田誠さんの装丁のなかでも
  白眉じゃないかしら。
  この2期では、
  街の地図のようなイメージになっています。
  それがあって、
  書評のタイトルに「地図」とつけています。
  そんなことを思うと、
  本というのは作品だけでなく
  装丁もとても重要ですね。

  じゃあ、読もう。
  
村上春樹全作品 1990~2000 第1巻 短篇集I村上春樹全作品 1990~2000 第1巻 短篇集I
(2002/11/21)
村上 春樹

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sai.wingpen  地図−あるいは村上春樹の九〇年代はいかに始まったかのささやかな考察      矢印 bk1書評ページへ

 村上春樹全作品の第二期の刊行が始まった。今回は一九九〇年から二〇〇〇年までの十年間の作品が全七巻に収録されている。そして、その一巻めの本書は「TVピープル」「夜のくもざる」「使いみちのない風景」「ふわふわ」などの短編が収められている。「青が消える」という日本で初めて発表される作品もある(この作品はフランスのル・モンド紙に九二年に発表されたもので、ミレニアムの大晦日が題材になっている。この全作品との不思議な縁を感じさせる作品だ)。

 歴史的にいうと、九〇年代は湾岸戦争で始まった(一九九〇年八月イラクのクウェート侵攻が始まり、まるでTVゲーム感覚の湾岸戦争と発展していく)。そして、九五年には阪神大震災と地下鉄サリン事件が時代を象徴するように発生し、世紀末の喪失感にとらわれていく。その一方で、ミレニアムという言葉に浮かれていく人々たち。「失われた一〇年」というのは、元々八〇年代にラテンアメリカ諸国を見舞った厳しい経済状態をさすが、「無きに等しい一〇年」という意味では九〇年代の日本もそうであったといえる。

 その十年の間に、村上春樹は何を書いて何を書かなかったか。それは大きな意味では日本文学が時代に対してどんな警鐘を鳴らし、どう対峙してきたかということでもある。あるいはあの十年間に、僕たちはどう生き、何を嘆き、何に対して怒りをおぼえたかの検証でもある。「TVピープル」の不思議な感覚を味わった日、「神の子どもたちはみな踊る」で阪神大震災の悲しい風景に再会した夜、「アンダーグランド」に明かされるサリン事件の闇、「ねじまき鳥クロニクル」のどこまでも続く物語。この全作品を通じて、自身の九〇年代を振り返ってみたいと思う。

 この第一巻に収められた短編集は、「ノルウェイの森」に始まる圧倒的な「現象」に村上春樹が落ち込んでしまった「書けない状態」から「復帰」するきっかけとなった短編「TVピープル」から始まる。だからこそ、彼は「自作解題」の中で「僕にとっては重要な意味を持つ短編集である。内容的に、というよりはあくまで位置的に。個人的に」と書く。つまり九〇年代は村上春樹の文学は「復帰」から始まったのである。そして、そのことはどう続いていくのか。僕たちはまだ大きな地図を手にいれた、始点に立ったばかりである。

 「僕は思うのだけれど、人生においてもっとも素晴らしいものは、過ぎ去って、もう二度と戻ってくることのないものなのだから」(使いみちのない風景)。
  
(2002/12/01 投稿)

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