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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は菜の花忌
  作家の司馬遼太郎さんの忌日です。
  文人たちの忌日は季語としても
  使われるのですが、
  菜の花忌もとてもいい季語に
  なると思うのですが。
  今日紹介するのは蔵出し書評ですが
  著者の福田みどりさんは
  もちろん
  司馬遼太郎さんの奥さんです。
  このご夫婦はとても仲のいい関係で
  司馬遼太郎さんがあんなにいい仕事ができたのも
  福田みどりさんという奥さんが
  いたからかもしれません。

   菜の花忌時には感謝妻のこと  夏の雨

  じゃあ、読もう。 

司馬さんは夢の中司馬さんは夢の中
(2004/10)
福田 みどり

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sai.wingpen  交々(こもごも)と                 矢印 bk1書評ページへ

 司馬遼太郎が亡くなって九年が経つ。その死後も作品やエッセイ、講演録といった著作が数多く出版され、そういう点でも司馬さんがいかに稀有な作家であるかがわかる。また友人知人による作品論や挿話の類の発表も陸続と後を絶たず、司馬さんの世界の広さを実感する。その中でも本書は司馬さんに最も近いところにいた夫人が描いた回想録であり、多分これまで出版されてきた多くの司馬遼太郎読本とは一線を画した内容に仕上がっている。言い換えれば、司馬さんの本名である福田定一氏の素顔が垣間見れる回想録である。

 司馬さんとみどり夫人は新聞社で席を並べていた同僚である。やがて、二人はトモダチからコイビトの関係になり(この本の中の「遠出しようか」という章ではコイビトとなった二人が夜の奈良の街をデートする初々しい挿話が語られている)、昭和三十四年一月、小さなホテルで写真もない「小さい小さい宴」だけの結婚式をあげる。いわゆる社内結婚だった。その後の新婚時代の司馬さんや「風邪恐怖症」だった司馬さんなど、国民的作家と呼ばれた司馬遼太郎にも当然そういった私たちと同じ生活があったことを知る。当たり前すぎることではあるが。

 司馬遼太郎にはいくつかの顔がある。歴史小説家としての顔、思索家としての顔、旅行家としての顔、そして詩人としての顔。特に司馬サンには詩人としての香りが色濃い。『街道をゆく』シリーズや『草原の記』に限らず、時に司馬さんの作品には過剰ともいえる詩的な表現がのぞく時がある。本書の中で夫人が描く生活の中の司馬さんも時に夢の中で生きているかのような横顔をみせる。そういうことでいえば、司馬さんはずっと夢を見続けた、少年みたいな人だったのかもしれない。

 夫人はそんな司馬さんをこう表現して本書を締めくくっている。「少年のような表情だった。意思とかかわりなく感情が、ごく自然に吹きこぼれてしまったような邪気のない表情だった。なんともいえない甘い雰囲気が漂っていた」(262頁)その表情が司馬さんがいなくなってから後も夫人の胸にしばしば去来するのだという。切なくて、深い、夫婦の姿である。

 交々(こもごも)と 思ひ出尽きぬ 菜の花忌 (夏の雨)
  
(2005/02/27 投稿)

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